水 車 臼 跡


芦屋市山芦屋町21  撮影:1999年11月14日


 江戸時代から明治の初め頃に掛けて、芦屋川の上流の方に30台ほどの水車があった。水車は製粉、精米、油絞りなんかに使われてたそうだ。今でも芦屋川の東岸、少し山の方に水車谷の地名が残ってる。

 芦屋市の前身、精道村の記録によると、明治10年代から30年代に掛けて、若干の粉挽業やそれに伴うそうめん製造業者がいたそうだ。明治40年代に入ってから機械製麺もやってたようだけど、あんまり流行らなくてやがて衰退してしまった。
 そりゃ、有名な播州(姫路方面)の“揖保の糸”なんかには負けるわなぁ。(笑)

 この石垣は使われなくなった石臼を利用したものだ。芦屋川の西岸、阪急・芦屋川駅から 800mほど芦屋川沿いに登ったところにある。

 以前、この近くに友人の家があったんで、この石垣は拙者にはおなじみだ。確か、ここの向かい辺りだったんだけど、表札が見当らなかった。すぐ近くの芦屋川で泳いだことがあるんだけど、誰かが溺れた、なんて話をよく聞いたんで、今は遊泳禁止になってるかも知れないな。

 そうそう、昔は表面に溝の入ったグラインダーのような挽き臼を使った石垣もどっかにあったんだけど、見つからなかった。石垣に石臼を使ったのは、コストダウンを狙ったものか、デザイン的面白さからかは判らないけど、なかなかいいアイデアだと思う。





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