芦 屋 廃 寺 跡 実 測 図
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| 芦屋市史 資料編より(一部分) 青字は加筆 | 
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| 奈良時代前期の形式を示す 芦屋廃寺 塔心礎 礎石 撮影:1999年10月31日 | 
 のマークが見える。これは天正11年(1587年)から始まった大阪城(大坂城)築上のときに刻まれたものだ。こういう石が芦屋市内各地に残っており、刻印石と呼ばれてる。
のマークが見える。これは天正11年(1587年)から始まった大阪城(大坂城)築上のときに刻まれたものだ。こういう石が芦屋市内各地に残っており、刻印石と呼ばれてる。|  | 
| 芦屋市内に残された刻印石の一つ 芦屋市春日町14 「芦屋春日コーポラス」北館入口付近 撮影:2000年1月10日 | 
 だからやっぱり島津さまだ。日向砂土原3万国の島津右馬頭忠興公のマークだってことが判ってる。
だからやっぱり島津さまだ。日向砂土原3万国の島津右馬頭忠興公のマークだってことが判ってる。